クライアントには、その建築家の個性の対応限界に収まるだけの共通性がある。私の場合は、著述家、学者、医師、テレビディレクターなどの割合が多い。これらの職業には、たとえ給与生活者であっても、自由業的な要素があり、言い換えれば、仕事の日や時間が不規則である一方、それをある程度、自分でコントロールできる自由がある、思うにそうした自由によって生み出される、不規則ながらまとまった在宅時間が、自宅をできるかぎり自分の好みに合わせたいという要求につながり、それを実現してくれそうな設計者を求めて、私、あるいは私のような一貫した姿勢をもつ建築家のもとへ住み手を導くのではなかろうか。
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Mさんと私とは職業がまったく異なるのに、日常性に対する感覚やマクロな人生観における重なりが広く感じられ、クライアントの1つの典型に思えた。人生のうえで人との出会いは常に重要であるが、住宅設計はその出会いを仕事がらみで呼び込みやすい。これはもちろん、肌の合わない人との出会いも含むので、そういう場合は苦労も多いが、そこからも学ぶべきことがあるのは否定できない。しかし建築家にとって幸せなのは、やはりお互いのライフスタイルの共振の度合いが大きい場合で、夫妻との出会いはまさにそうだった。建築家の仕事は、新しい住まいを設計することで住み手の人生に、なにがしかの豊かさを加えることである。今回もその任務を果たし得たことにいささかの自負もあるが、Mさんとの出会いによって私自身の人生も豊かになった実感があったのは望外の喜びであった。